(ネタバレ注意!!)「魔法少女まどか☆マギカ」完結
魔法少女まどか☆マギカ 1 【完全生産限定版】 [Blu-ray]
- 出版社/メーカー: アニプレックス
- 発売日: 2011/04/27
- メディア: Blu-ray
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ついにまどマギ完結しましたね〜。
いや〜素晴らしかった。
でも、ネットをまわってみると、あのラストに苦言を呈している方がたくさんいらっしゃるようです。
まぁ、捉え方には個人差が出てきますので、いろんな意見があって当然です。
その意見のなかで印象に残るのは
結局まどかは犠牲になってしまったじゃないか。
まどかが救われて初めて大団円になるのじゃないか、
つまり、具体的、物理的事象においてヒロインが救われないといけないのではないか、という意見です。
それはそれで、すごくもっともな意見です。
しかし、何をもって「救われた」とすべきか、ということは、一意に定義づけられないのではないか、とも思うのですよね。
戦いの無い日常を友人や恋人、家族と一緒に大過なく暮らしていき、そして年老いて死ぬ。
はたして、それ「のみ」が、個人が救われる条件に値するのでしょうか?
「まどかマギカ」では、その「救われる」条件を満たすことのできない少女が多く登場します。
しかし、彼女たちは、本当に救われなかったのでしょうか。
私はそうは思いませんでした。
ネット等により全世界の個人それぞれが同格につながり得る現代社会。
それを念頭におくと、「幸せ」という価値観も多様化し変容していきます。
グローバルな人類全体というものへの直接帰属意識というものを、実感しえる土壌が育ってきています。
その現状に、どう生きるべきか、その指針を見出していくことが、人間個人にとって喫緊の課題だと私は感じています。
その前提を踏まえると、まどかの至った決断は、彼女の立場、能力から導き出される最善の選択の一つだと感じました。
そして、ほむらに関しても。
まどかはヒト、個人としての存在は消滅しました。
しかし、ほむらから、まどかの与えた影響がすべて消滅したわけではありません。
ほむらの想いはまどかに伝わり、だからこそ、世界は書き換えられた。
私はそこに、明確に「救い」の存在を感じます。
そして、ほむらは自分の道を一歩ずつ、力強く踏みしめている。
大気に還ったまどかとともに、彼女は自分の生を全うできるだろう。
確かに、まどかは犠牲になりました。
しかし、それは嘆くべきことでは決してない。
私はそう心から感じるのです。