アリババの落ちた陥穽について
今週(サンデーH22年45号)の「マギ」に置いて、カシムに扇動された国民が暴動を起こしつつあります。
- 作者: 大高忍
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2010/10/18
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結論から言いいますと、アリババは安易に共和制導入を主張すべきではなかったのです。
その理由は幾つかあって、今回のポイントは、
・民主共和制には施行され実効が得られるまでタイムラグがある。
・理想はそれを解する余裕のあるものにしか共有されない。
というところにあるのではないでしょうか。
そもそも共和制という概念は、君主制に対応するものです。君主が存在しない、という前提の政体のことをいいます。
それだけを取って見れば、王政を廃した後、共和制へ移行する、ということは必然のことではあります。
しかし、一口に共和制と言っても、様々な構造の政体が想定出来るわけです。
共和制においては究極的には国家における意思決定が常に国民全員の意志によって決定されるものであるわけですが、現実にはそれを行う方法・手段は確立されていません。
それゆえ、実際には国民の選挙によって選出された代議員による統治という形を取ることになります。アリババが主張した共和制もこの形態を取ります。
おおざっぱに言うと、これが民主共和制です。それに対して、為政者が国民の選挙によって選ばれない形の共和制もまた存在し得ます。これを寡頭体制の共和制と言います。
民主共和制が選挙の実施を前提とする以上、その選挙が行われるまでは、この形態を取ることは出来ません。だからこそ、アリババは暫定政府を立てることにも言及しています。
アリババが目指す「共和制」の実現までには構造上避けえないタイムラグが生じるのです。
状況にある程度の余裕があれば、何の問題も生じなかったでしょう。
しかし、バルバッドでは、為すすべもなく餓死する国民が相当数出る、という極めて逼迫した状態でした。
そして、そこまで追い込まれるまで、国民側として、何も対策を取ることが出来ていないのですよね。追い詰められてようやく王宮前に集まってきた今回は、ある意味、市民革命が起きたとも言えます。
しかし、バルバッド国民には、主体的な意志は全くありません。日々餓死を免れるのがやっとの生活では、政治思想的な成熟を求めるなど不可能です。
だからこそ、理想はともかく食べ物をくれ、というのが国民たちの正直な気持ちの全てであったと言えます。
そこにカシムの付け入る隙があったのですよね。
カシムは盗賊団「霧の団」を率いてバルバッド王政に抵抗行動を行っていました。
その手段が正当であるとは言えないのですが、国民の、下からの主張を代弁し得る立場を獲得していました。
アリババも同様の立場を取っていましたが、両者には大きな差がありました。
アリババはその出自が王族であったが、カシムはそうでなかったのです。
カシムは王族に対する強烈なコンプレックスからアリババと袂を分かちました。
長くアリババと共に行動したカシムには、アリババの掲げる理想主義の理論的な正しさが理解出来ていました。
しかし、理論的に正しいことが即ち全ての者に受け入れられるわけではありません。
理想はそれを解するものにしか共有されない。カシムはその事実に気付いていたからこそ、現況において政治的に有効な行動を取ったのです。
アリババは、民主共和制の導入により、徹底的な民主主義の実現を追求して行こうとしています。長期的な方針としてそれは正しい。
しかし、王宮前に詰め掛けた国民の大部分が、現時点で抱いているのは、現在の王制への不満だけだったと言えるのです。
現代日本でも、選挙でいわゆるバラマキ的な政策を掲げることによって多くの得票が得られる傾向があります。そして、政治家の失政に対しては、国民のなかに強烈な不満が生じます。
その国民、言いかえると民衆の傾向を、アリババもカシムも利用しようとしました。
アリババは現体制を変えるという変革を主張することによりその場の国民の支持を得ました。
しかし、カシムはアリババがまだ、国民に対して何の恩恵も与えたわけではない、という事実を強調したのです。そして、更にアリババが王族である、という事実を盾に、王族を完全に排除してしまおう、と国民を扇動します。
双方の主張はどちらも誤りではありません。
しかし、結果として国民はカシムを支持する反応を返します。
この展開は、バルバッドの今、まさに現在の状況下においては、カシムの取った政治行動の方が、より最適化されたものであったということを示しています。
「コードギアス」のルルーシュのように、アリババが王として一旦、正面から国民の非難を受けて止めてから、ゆるやかに共和制を導入していけば、より確実に実行できたのでしょう。
しかし、アリババが王になることを受け入れなかったことにより、民衆の不満の爆発を生じさせてしまった今回の事態はまさに皮肉としか言いようがありません。
興味深いのは、より政治家として成熟しているはずのシンドバッドが、民衆の結論に対し、驚きの表情を見せているところです。
シンドバッドに関しては、思想的なバックボーンが未だ作中で描写されていないところですが、彼もまた理論的な正当性に特化した政治思想を重んじるタイプの政治家なのかもしれませんね。
あとはアラジンの動向が、状況にどんな影響をもたらすのか。
来週の「マギ」を興味深く待ちたいと思います。